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東京地方裁判所 平成5年(特わ)211号 判決

本籍

東京都港区三田五丁目一六番

住居

東京都港区白金一丁目三番八―五〇一号

会社役員

月村勇

昭和二〇年七月一二日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官今村隆、同馬場浩一、弁護人池内精一各出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役一年及び罰金一四〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金一〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、東京都港区六本木七丁目一二番二号森野ビル五階において、「シャンドール」の名称で飲食店を経営していたものであるが、自己の所得税を免れようと企て、架空名義で酒類を仕入れ真実の仕入高を秘匿するなどした上、

第一  昭和六二年分の実際総所得金額が五八八二万二四二五円(別紙1修正損益計算書参照)であったにもかかわらず、昭和六三年三月一五日、同区芝五丁目八番一号の所轄芝税務署において、同税務署長に対し、昭和六二年分の総所得金額が二七六万九一〇〇円で、これに対する所得税額が一九万一一〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって、不正の行為により、同年分の正規の所得税額二七八七万七七〇〇円と右申告税額との差額二七六八万六六〇〇円(別紙4(1)ほ脱税額計算書参照)を免れ

第二  昭和六三年分の実際総所得金額が四〇二〇万六七二五円(別紙2修正損益計算書参照)であったにもかかわらず、平成元年三月一五日、前記芝税務署において、同税務署長に対し、昭和六三年分の総所得金額が三〇一万九五一〇円で、これに対する所得税額が二一万一三〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって、不正の行為により、同年分の正規の所得税額一五九一万五五〇〇円と右申告税額との差額一五七〇万四二〇〇円(別紙4(2)ほ脱税額計算書参照)を免れ

第三  平成元年分の実際総所得金額が二七一八万七一九〇円(別紙3修正損益計算書参照)であったにもかかわらず、平成二年三月一五日、前記芝税務署において、同税務署長に対し、平成元年分の総所得金額が三四一万八〇一〇円で、これに対する所得税額が二三万一八〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって、不正の行為により、同年分の正規の所得税額九四九万三五〇〇円と右申告税額との差額九二六万一七〇〇円(別紙4(3)ほ脱税額計算書参照)を免れ

たものである。

(証拠の目標)

判示事実全部について

一  被告人の当公判廷における供述

一  被告人の検察官に対する供述調書(一二通)

一  高橋正光、水橋則男、月村夏福の検察官に対する各供述調書

一  大蔵事務官作成の売上調査書、雑収入調査書、期首棚卸商品調査書、仕入調査書、期末棚卸商品調査書、給料賃金調査書、支払家賃調査書、租税公課調査書、水道光熱費調査書、旅費交通費調査書、広告宣伝費調査書、修繕費調査書、接待交際費調査書、福利厚生費調査書、消耗品費調査書、事務用品費調査書、貸借料調査書、タオルリース代調査書、著作物使用料調査書、諸会費調査書、支払手数料調査書、支払報酬調査書、減価償却費調査書(平成二年一二月七日付け)、貸倒金調査書、雑費調査書、申告所得調査書、扶養控除額調査書、売掛金調査書

一  検察事務官作成の平成五年二月三日付け、同年六月二二日付け各捜査報告書

判示第一及び第二の各事実について

一  大蔵事務官作成の受取家賃調査書、支払利息調査書、管理費調査書、固定資産税調査書、減価償却費調査書(平成二年一二月一〇日付け)、給付補てん備金調査書

一  検察事務官作成の平成五年二月四日付け捜査報告書(売上)

判示第一の事実について

一  押収してある所得税確定申告書一袋(平成五年押第五七一号の1)、収支内訳書一袋(同号の4)

判示第二及び第三の各事実について

一  検察事務官作成の平成五年二月四日付け捜査報告書(貸倒金)

判示第二の事実について

一  検察事務官作成の平成五年二月四日付け捜査報告書(雑収入)

一  押収してある所得税確定申告書一袋(平成五年押第五七一号の2)、収支内訳書一袋(同号の5)

判示第三の事実について

一  大蔵事務官作成の固定資産除却損調査書

一  押収してある所得税確定申告書一袋(平成五年押第五七一号の3)、収支内訳書一袋(同号の6)

(争点に対する判断)

一  弁護人は、捜査段階で認容された以外にも、昭和六二年ないし平成元年中に貸倒れとなった売掛金がある旨主張する。すなわち、〈1〉片桐教夫(前掲売掛金調査書中の得意先番号六九三、以下同様)に対する売掛金は昭和六二年中に、〈2〉千代田化工建設(一〇三)、マツダ電機工業(二一五)に対する売掛金は昭和六三年中に、〈3〉にっかつ(一四五)、長谷川工務店(一八二)、持田製薬(二三八)、尾辻(三五一)、富士通テン(三五三)、市田(三六八)、リクルートインターナショナル(三七〇)、協和発酵工業(四〇六)、隅社長(五一二)、リチャード影広(五七〇)、森本組(六一六)に対する売掛金は平成元年中にそれぞれ貸倒れとなったから、これらの売掛金の金額を各年分の所得金額から控除すべきであるというのである。

二  そこで判断するに、事業上の貸倒損失の必要経費算入について規定した所得税法五一条二項は、いかなる場合に貸倒れとなるかについて特に定めていないが、同項所定の債権の全部又は一部について切捨てがなされた場合を別とすれば、債務者の資産状況、支払能力等からみて、その全額が回収できないことが明らかになった場合に貸倒損失として必要経費に算入することができると解すべきである。

ところで、関係各証拠によれば、被告人が経営していた「シャンドール」はパブ形式の飲食店で、二次会、三次会で利用されることが多く、景気やホステスの善し悪しが客足に反映していたこと、同店には週一、二回来店する常連客のほかに、年数回又はそれ以上の間隔でしか来店しない客がおり、そのような客がいわゆる付けで飲食したときなどは、その後、一年以上を経過して飲食代金が支払われる場合もあること(なお、被告人は、平成五年二月三日付け検察官調書(本文一〇丁のもの)において、「強く代金を請求しないことで長年客として店に来てくれ、さらには忘れずに二、三年後に支払をしてくれる客もある」と供述し、公判定においても、そのような客は少ないが毎年いることを認めている)、本件で問題となっている売掛金(以下「本件代金」ともいう)だけをみても、得意先番号二三八及び三五一の客に対しては、昭和六三年末現在の売掛金が平成元年末時点でもそのまま残っているが、前者については代金を減額することで話がつき、平成二年二月から三月にかけて減額後の代金が支払われ、後者についても同年二月中にその代金が支払われていることが認められる。このような「シャンドール」の営業状況を前提とすれば、未払いの飲食代金のある客が一年以上来店せず、その間に右代金の支払もないという事実だけでは、それが客の支払能力等の悪化に起因しているとみることはできず、したがって、その客に対する売掛金の全額が回収できないことが明らかになったともいえないというべきである。

そして、前記一〈1〉及び〈2〉、さらには〈3〉のうち得意先番号三五一の客については、昭和六一年から平成元年までの間に一年以上来店せず、その間に本件代金の支払もない事実が認められるものの、それ以外に支払能力等の悪化を示すような事情は窺えないばかりか、関係各証拠によれば、〈1〉及び〈2〉の客は、いずれも平成元年中に一回来店して付けで飲食し、数カ月以内にその代金全額を支払っており、得意先番号三五一の客も、前にみたとおり、平成二年二月に本件代金を支払っているから、前記事実は支払能力等の悪化によるものではなく、したがって、そのときに貸倒れが生じたともいえない。また、得意先番号三五一を除く前記一〈3〉の客については、平成元年中に一回ないし数回来店し、即日あるいは数カ月以内にその代金を支払っているから、同年中に本件代金の支払がないからといって、貸倒れが生じたとはいえないことが明らかである。

三  これに対し、弁護人は、前記一の売掛金については民法上の短期消滅時効が完成しているから、時効完成の時点で貸倒れが生じたと解すべきである旨主張する。しかし、売掛金について消滅時効が完成しても、債務者が時効を援用せずに支払うこともあり得るから、これを代金全額の回収不能が明らかになった場合と同視して、貸倒れと認めるのは相当でない(本件においても、前記のように一年以上の期間をおいて代金が支払われる場合があるのであり、また、本件起訴に係る三年分につき、売掛金の貸倒れとして認容したものを記載した前掲貸倒金調査書、捜査報告書(貸倒金)を検討しても、貸倒れの理由として、被告人からの請求に対し、時効を援用してその支払を拒んだというものは見当たらない)。

四  以上のとおり、貸倒れについての弁護人の主張は採用できない。

(法令の適用)

罰条 判示各所為につき、いずれも所得税法二三八条一項(ただし、罰金刑の寡額につき、刑法六条、一〇条、平成三年法律第三一号による改正前の罰金等臨時措置法二条一項)、二項(情状による)

刑種の選択 いずれも懲役刑と罰金刑を併科

併合罪の処理 刑法四五条前段

懲役刑について 刑法四七条本文、一〇条(犯情の最も重い判示第一の罪の刑に加重)

罰金刑について 刑法四八条二項(各罪の罰金額を合算)

労役場留置 刑法一八条

刑の執行猶予

懲役刑について 刑法二五条一項

(量刑の理由)

本件は、飲食店を経営していた被告人が、三年分で合計五二〇〇万円余の所得税を脱税したという事案であるが、その脱税額は少ないものではなく、ほ脱率も通算で約九八・八パーセントと極めて高率である。被告人は、同業者から売上げや仕入れをごまかして脱税するという話を聞き、将来の事業資金を蓄えようと企て、酒類を仮名で仕入れるなどした上、前年度の確定申告の売上金額をもとに申告所得を適当に決めていたものであって、自己中心的で悪質な犯行である。加えて、本件起訴にかかる三年分について、未だ本税等を完納していないことに照らすと、被告人の刑事責任は重いといわなければならない。

他方、被告人は納税資金を調達する努力をしていること、現在では飲食店を法人化して税理士の指導を受けていること、捜査公判を通じて自己の刑事責任自体は認めており、本件を反省していること、前科前歴がないことなどの有利な事情も認められる。

そこで、これらの諸事情を総合考慮し、主文のとおり量刑した次第である。

よって、主文のとおり判決する。

(求刑 懲役一年及び罰金二〇〇〇万円)

(裁判官 中里智美)

別紙1 修正損益計算書

〈省略〉

修正損益計算書

〈省略〉

別紙2 修正損益計算書

〈省略〉

修正損益計算書

〈省略〉

別紙3 修正損益計算書

〈省略〉

別紙4 ほ脱税額計算書

〈省略〉

ほ脱税額計算書

〈省略〉

ほ脱税額計算書

〈省略〉

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